発達障害の症状は赤ちゃんにも出る?アスペルガーの疑いありの私は、こんな赤ちゃんでした。

こんにちは!ママブロガーのみやです。

今回のテーマは「アスペルガー疑いありの私の赤ちゃん~子ども時代」です。

私が小中学校に通っていた90年代に発達障害の概念はほぼなく、「今考えればそれっぽいな」という子は

暗い、大人しい、何を考えているか分からない

自分勝手、わがまま

しつけが悪い

勉強があまりにもできない

このように「普通学級の中でのはみ出しもの」という扱いでした。

私は昭和生まれの30代ですが、発達障害という言葉を知ったのは10年ほど前です。

私は自分がアスペルガーの特徴に当てはまると思いましたが、診断は受けていません。

当時25歳くらいでしたが、会社員として働いていたし、時間を割いて診断を受けても得るものはないと思っていたからです。

しかし子どもを育て始めると、嫌でも発達障害関連の情報が目に入ってきます。

私は自分がおそらく発達障害なのに、息子にその症状がないかどうか逐一チェックしています。

そこで今回は、同じようにお子さんの発達障害について調べている方向けに記事を書きました。

アスペルガー疑いありの私の幼少期の様子について詳しくお伝えします。

アスペルガー症候群

まず、アスペルガー症候群について簡単にお話します。

発達障害のひとつ

知的発達と言語発達の遅れがない自閉症

共感力、想像力に乏しく対人関係が苦手

言葉を表面的に受け取り、言外の意味を理解できない

融通がきかない、環境の変化が苦手(こだわり)

興味の幅が狭い

社会性コミュニケーション想像力の3つの分野に障害があります。

診断を受けていないので「私はアスペルガーです」とは言えませんが、おそらくその可能性は高いです。

次項から、私の赤ちゃん時代から幼少期についてお話します。

乳児期

以下の項目は、アスペルガー特有というわけではありません。

定型発達の赤ちゃんでも同じようなことはあります。

ですが私が調べた限りでは、発達障害を持つ方の赤ちゃん時代に多かった特徴でした。

背中スイッチ

ミルクを飲んで抱っこで寝ても、布団に置かれると即起きる赤ちゃんでした。

両親は私を寝かせるのに大変苦労したそうです。

頭とお尻を支えて布団にそっと起き、ゆっくり手を抜く。

手を抜いた瞬間に起きて泣く。

この繰り返しで、あまりにひどい時は車に乗せて寝かせて、やっと寝たので家に戻って布団に寝かせると起きて泣く。

両親は寝不足に相当悩まされたと思います。

ミルトンの味がしないとミルクを飲まない

私は完母ではなく混合で育ち、哺乳瓶を消毒する時、母はミルトンを使っていました。

混合で育つ赤ちゃんが、哺乳瓶を嫌がって母乳しか飲まなくなってしまうという話がときどきあります。

私は哺乳瓶自体を嫌がるということはなかったようですが、哺乳瓶からミルトンの味がしないと飲まなかったそうです。

祖母の家などに1日いたりすると煮沸消毒の哺乳瓶を使うことになりますが、頑として飲まなかったと聞いています。

激しい人見知り

まわりの人を認識するようになると、両親以外に抱っこされるのを激しく拒絶するようになりました。

パパ見知りがなかったのは、父の職場が自宅から近かったため、朝昼晩と毎日接していたからだと思います。

祖母の話では、しょっちゅう会っていたはずの祖父母にすら人見知りをして抱っこを嫌がり大泣きしたとのことです。

母親以外では寝付かない

母が弟の出産で何日か不在にした時、私は夜になると泣いて泣いてどうにもならなかったそうです。

父は暗がりで布団をかぶって「ママよ」と裏声を出し私をなだめましたが、泣き止まなかったようです。

父が何をしようが「ママがいない」この事実がある限りダメでした。

でもこれは割と多くの赤ちゃんに当てはまるのではないかと思います。

幼児期

だんだんとアスペルガーの特徴が色濃く出てきます。

目立つのは「興味の幅が狭い」「対人関係が苦手」この2点でした。

お人形(ジェニーちゃん)にハマる

3歳頃に初めてジェニーちゃんを買ってもらってから、私はお人形にハマりました。

お姫様や女の子が主人公のアニメも好きでしたが、それはお人形の2次元版というか代用品というか、そういうものでした。

お人形以外に興味はないといっても過言ではありませんでした。

お誕生日やクリスマスのプレゼントは、3歳頃から中1までブレずにジェニーちゃんでした。

中2以降にもらわなくなったのはジェニーちゃんに飽きたからではなく、年齢的に「サンタさんからのプレゼント」という感じではなくなったからです。

今でもお人形が好きで買い集めたり着せ替えたりしています。

友達の輪に入れない

人見知りも原因の1つですが、人の輪に入るのが苦手でした。

どうやって話しかけたらいいか分からず、気の強い子に意地悪されるのも怖いし、ポツンとしていました。

1人が嫌だという感覚もなく、そのまま1人で過ごすことも多かったです。

親同士が友達だったり、先生が気にかけて仲間に入るよう促してくれたりする場では友達と遊ぶこともありました。

それはそれで楽しく、「早く1人になりたい」と思うことはありませんでした。

学童期

人間関係がうまくいかない

一見普通だったためか、きつくいじめられることはありませんでした。

しかし低学年の頃、男子に変なあだ名をつけられ、一部女子からも嫌われていました。

協調性がないとか、頑固とか、そのあたりが原因だったと思います。

私は騒いで迷惑をかけたり積極的に嫌がらせをしたりするタイプではなかったので、多くの女子の中ではなんか変だけどとりあえず無害という扱いでした。

全く友達ができないわけではなく、クラスの中でどこかしらのグループに入っていましたが、クラスが変わればそれきりという感じでした。

前項に書いたとおり、私はジェニーちゃんにしか興味がなかったので、流行りの芸能人や文房具の話は全くできませんでした。

活字中毒

ティッシュ箱の裏でも国語辞典でも、文字なら何でも読んでいました。

友達の家に遊びに行っても、その子と遊ばずその子の家の本を読んでいたことがあります。

さすがに母から叱られたし毎回ではなかったと思うのですが定かではありません。

今思えば明らかに異常な執着心ですが、当時私のまわりでは発達障害という概念がなかったので、「変な子」「困った子」という扱いでした。

まとめ:アスペルガー疑いありの私の幼少期

繰り返しになりますが、私は診断を受けていないのでアスペルガー症候群だとはっきり決まっているわけではありません。

しかし関連書籍を見るとかなり該当する部分があります。

同じアスペルガー症候群であっても症状の度合いには差があります。

私は就職・結婚・親戚づきあいと、それなりに苦労はありつつも何とかやってきたので、表面上の症状は軽い方なのかもしれません。

そして周りに恵まれていたのだと思います。

アスペルガー症候群のポイント

発達障害のひとつ

知的発達と言語発達の遅れがない自閉症

共感力、想像力に乏しく対人関係が苦手

言葉を表面的に受け取り、言外の意味を理解できない

融通がきかない、環境の変化が苦手(こだわり)

興味の幅が狭い

現在、子育て関連の職に就く方は皆発達障害に関する知識を持っています。

療育のための施設や書籍も揃っています。

それらがほぼない時代に育った私ですが、大学を卒業させてもらい、就職し結婚し子どもが産まれました。

私たち親世代の発達障害者は理由も分からず生きづらい場面が多々ありましたが、これから生きていく子どもたちは少しでもその苦労をしなくて済むといいなと思っています。

お読みいただきありがとうございました!

The following two tabs change content below.
みや

みや

不妊治療の末、2017年に男の子を出産。 タイミング法→人工授精→顕微授精のフルコース。 妊娠・出産・育児を通して、自分が知りたかったこと、調べていたことを発信しています。 どなたかのお役に立てますように。 不妊治療/顕微授精/無痛分娩/完ミ

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする